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生きながら天国を体感するための方法を教えます

 2021/10/02 き)不思議なお話。 ご先祖様に関するお話   134 Views

生きながら天国を体感するための方法を教えます

風水師の但馬壇です。よく但馬は生きながら地獄の修行を積んでいる人がいるとか、生きながら天国にいる、なんて話をしをします。

そして、同じ場所で同じ映画を見ていても、自分と横にいる人ではいる世界が違い、感じているものも考えている事も違うなんて話もしています。もちろん、同じ波長のもとに集まりますので、ある程度の考え方は似ているとは思いますが、まったく同じという事はありません。

私は宗教にはあまり関心がないのですが、こういった心の世界を上手に説明されているなと、天台宗の教義にある十界を見て思いました。

それで、この世にいながら世界観を味わう事もできるよね?という事で、引用して説明していきたいと思います。

つまり、今の自分の思考を知る事で、どの世界線にいるのか?が,わかりますからあの世の世界もわかるというしくみ。

なんだそんなことかと思うかもしれませんが、読み進めていくと意外な事実に遭遇するかもしれません。ではレッツゴー

人生の十界

まず十界の種類について、どのようなものがあるかを書いていきます。

これは大きく迷界と悟界にわかれます

悟界【四聖】

四聖と呼び自分軸の世界です。悟界とも言いますので、今回はこちらの言葉をタイトルにしてみました。

声聞界

学びを勧めていく世界観です。仏の道に限らず、哲学・文学・物理学・学問以外の習い事・また子供や赤ちゃん等、この世の全てから学んでいる心の状態です。

縁覚界

仏道に縁することで内面の悟りに至った状態。仏教の教えなので仏門となっていますが、実際はそれに限らず何か悟りを得た状態といえるでしょう。

菩薩界

悟った後に人のために何をするか?という、行動している世界をさします。

仏界

悟りを開いた状態。ダルマの世界。宇宙の法と秩序そのものになっている状態なのでここまでくると人ではなく即身仏に近いのかもしれません。

迷界【六道輪廻】

六道輪廻界は縁に触れ右往左往する世界となっていますが、要するに他人軸で生きている状態ですね。迷界とも言います。

ただ、これは必ずしもいけないのではなく必要だからこの世に存在している事も忘れてはいけません。この世界での学びというものが必ずある訳です。また他人軸で他人に頼って生きる人がいて、そういう人に支えられて生きてる人もいる事を忘れてはいけません。

三悪道

地獄界

周囲にあらゆる恐怖がある世界。

餓鬼界

眼前の事を思うがままにしようとするのが餓鬼だそう。つまり執着の世界という事ですね。

畜生界

弱肉強食・近親相姦。動物的なのままに行動する状態。食欲、睡眠欲、性欲、物欲、支配欲など、欲望のままに行動する状態を指す。

三善道

修羅界

戦いの世界。マウント張り合いの世界です。しかし、そんなマウント張り合う事が善道に何故なるのか?という所ですよね。実際の所、マウント張り合う・己が正しいと戦いあう人たちってどういう人かと言えば学びがある人達ですよね。結果、その分野のクオリティはあがります。

仕事で言えばどちらが稼げるか競争する事になり、初めは己の承認欲求だとかそんなところで争いあっていても、より多く稼ぐには多くの人の役に立つもの・必要とするものを提供するしかなく、そのためには多くの雇用がひつようとなり仕組みやらサービスの向上やらが必要になる。借金などを背負っても平常心でいる事も求められ、目標達成すれば喜びも得ます。

そして更に巨大化する事により多くの人への貢献の方が喜びとなったり、お金でほとんどの事を解決する事での悟りを得る事も可能。そして悟った後には・・・というのもありますがそれはさておき。

書いた通りで、この世はすべてが同時に存在し、一人の心の中にも表裏一体で混在するものです。何が正しい・正しくないではなくて、己の心地よいを選択していく訳ですが、修羅道に到達すると、一気に仏界と繋がりやすくなるのかなと思います。

実際に現世で社会貢献ができている人たちというのは、修羅の道を通っているとも言えます。

どんなに慈善事業をされている方でも、手法が問題の方もいます。そして、その人がいる事で、人生を救われた人たちがいます。

極道って、いけないと思う人たちがいますが、それに守られている地域はあります。正攻法ではいかない人達が入って来ても、彼らがいる事で他の犯罪が抑制されていたりする訳です。

人界

平常心である状態。だが、人間的な疑心暗鬼を指すともされる。

天界

諸々の「喜び」を感じる状態。主に瞬間的な喜びを指す。願望実現で喜ぶ世界をさします。

まとめ

六道の世界ですが、六道輪廻とあります通り、ぐるぐると回っていきます。ですので、今天界だから次は四聖の声門界に必ず行く訳ではなく、心の持ちようでまた地獄界へ行ってみたり、マウント取って修羅界や畜生界へ移動したりします。ひとつところから、なかなか抜け出せない方も、もちろんいますし、ある事にだけ執着が抜けない方もいるでしょう。

また、地獄界というのはとにかく恐怖の世界なのですが、本当の魂にとっての地獄とは、六道輪廻の世界には表現されていない、というのも、以前にも書いた通りです。

Wikipediaより引用したものに追記

以下はWikipediaから引用したものに個人的な感想などを追記しています。原典も参照してください。

百界千如

百界千如(ひゃっかいせんにょ)とは、天台教学において森羅万象、つまり万物のまことの姿を分析して表現している言葉。百界とは、あらゆる生命の生きざまを10種に分類した十界のいずれにも、それ自身と他の九界が、次に現れる可能性としてあり、それを十界互具と言います。上のまとめにも書いてありますね。

そして十界それぞれ十界を含んでいるため百界となります。さらに、この百界に、あらゆる事象や因果律が共通にそなえている十如是がそれぞれあり、結果として千如となるという意味になります。

一念三千

一念とは、命あるもの全ての中に沸き起こる様々な感情をさします。三千とは沸き起こる感情の数。十界互具なので百界、その百界にそれぞれ十如是があるから千如是となる。千如是は五蘊(ごうん、ごおん、五陰とも)世間・仮名(けみょう、衆生とも)世間・国土(こくど)世間の三種世間の各々にわたるので三千世間となりつまり十界×十界×十如是×三世間=三千となる。

で、三千も感情があるので同じものをみてまったく同じ感情が沸き起こるとかありえない訳です。

天台宗ではこれを、極小から極大の相即した統一的な宇宙観を示し、実践的には自己の心の中に具足する仏界を観法することをいう。

十如是

十如是(じゅうにょぜ)とは、『法華経』方便品に説かれる因果律をいう。十とは相・性・体・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等(そう・しょう・たい・りき・さ・いん・えん・か・ほう・ほんまつくきょうとう)をいう。如是とは是(かく)の如(ごと)し(そのようである、という意)のこと。また十如とも、諸法実相ともいわれる。

「一念三千」を形成する発端とされており、重要な教理である。

十界互具

十界のそれぞれがお互いの世界を支えあい、補いあっているという事。つまり良くないと言われていても、心の中には存在し、その感情が生きていく上で必要だから、一見良くない感情や事象が沸き起こり、今を支えているという事。

 

教えと矛盾する事

・・・色々とまとめてみていますが、まぁ要するにどの世界にいようとも、魂の学びであり、必要だからそこにいる・人生とはそういうものである、という事になりますね。

ところで一つ矛盾する事がありまして、ここに癒されていない・魂の故郷に戻れていない魂の扱いがありません。

先にも書いた通りで本当の地獄とは、十界にない場所に存在します。

そして、それに近しいのが魂の故郷に帰る事ができない魂のように思う今日この頃。

このさまよえる魂、自分たちの子孫にかぶさっているように見えるのです。

先日の方も何かかぶさっていました。

こちらを始めたところ、だいぶ動けるようになってきたようです

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